昭和42年11月3日 夜の御理解


 信心をしておかげを受けるというけれども、信心をしてお徳を受けるという人が少ない。信心をしてお徳を受けるという信心にならなければ、信心の味わいも、信心のいわば深さにも触れることは出来ないのだけれども、確かにおかげは受けられます。信心しておかげを受ける。だからそのおかげからもう一歩前進して信心によってそのお徳を受けよという、いわば御神徳を受けるということ。ですからなら、御神徳というのは、受けようという気になって信心さしてもらや、誰でも受けることが出来る。あの人はお徳を受けるタイプだとか、あの人はお徳を受けにくいタイプだとかということはない。もうだれでも一様に信心さえすればおかげが受けられる。問題はそういうひとつの熱を信心に入れるかどうかということである。教祖の神様も神徳を受ければ心配はないと仰せられる。心配のない生活、心配がある。お願いをする。おかげを頂く。これだけではいけない。信心して心配のない生活。身に徳を受ければ心配はない徳のない間は心配をすると仰せられます。だから一生心配事が続いてそれはその心配の内容は違いましょうけれども、その心配から心配を追うていくような信心、そういうおかげだけを追うていくような信心ではつまらないということを、ひとつ分からしてもろうてね、身に徳を受ける、心配をせんですむ、信心修行をさして頂きたい。それは然も誰しもが受けられるのでございますから。
 只今御祈念にかからして頂こうといておるときに、ひろこ先生がお届けをしておる、今朝がた御夢を頂きました。そこの西の控え、今修行生の方達が控えにしております。そこから末永さんとそれからあの上野勝美さんが修行制服をいわゆる羽織袴の黒衣をつけて、あそこからでてくるとこを頂いた。御夢に、成る程上野さんがああして、一生懸命学生新聞なんかはまぁ上野さんがおらにゃできまい。でけんだろうと思われる位に、もう本当に毎晩毎晩徹夜のようにして、然も大学に行っておりますから、その合間合間にやっておるんです。同時に又家族のこと、兄弟のこと、まぁ一生懸命の信心、為の修行をさして頂いておる。修行生ではなくても、神様はもう修行生としての修行を受けておって下さるんだなぁというて、まぁ話したことでございますけれどもね、ですから神様が修行として受けて下さればです、必ずその修行は必ず徳になるのです。
 私はこの本当にあの身に徳を受ける修行というのは様々あります。もう教会に入り浸らなければ修行が出来んというような事じゃない。日常生活の中にもですね、あれもおかげであった。これもおかげであったといわれるように、あれも修行、これも修行というように頂いてからのちでなからなければあれもおかげこれもおかげということになってこない。思えない。実際に。だからどのような事があってもそれを修行として受ける。これも修行としていただこうということになってきて初めてあれもおかげであった、これもおかげであったとい事になるのである。ですから信心しておかげを受けるというのは、おるけれども信心してどうぞお徳を受けたい、お徳を受けさして下さいという氏子は少ないと仰るが、その少ない方の信心を是非頂いたいとこう思う。
 今日福岡教会の秋の御大祭でございました。久しぶりで私、おかげ頂きましたが、本当にご盛大でした。三代目の吉本先生が亡くなられましたけれども、四代目の若先生の当時の、現在は親先生ですが、立派に後とああしておかげを受けておられます。成る程先生は信心もさることながら、確かに初代、二代、そして三代が残された徳があのように、矢っ張りそれこそもうびくともせんだけのあの大きな教会を支えておられるのは、矢張り先代が残された徳だと私はつくづく今日思わしてもらうた。徳というものはあの世にも持って行けこの世にも残しておけると仰るのですから、ですからその徳がああいうような姿、形で残っておるのでございますがね、ですから皆さんもうおかげだけでは何も残らんのです。ならここであなた方がおかげを頂いて百万長者になったところで、それはあの世にはもっていけんです。だから百万長者の徳を受けたら、その徳はあの世にも持って行ける、然もこの世にも残しておけるのですから、ですから皆さんが私はそういう信心修行をですね、本気でさしてもらい、日常生活の中にある様々な例えばきついとか、苦しいとか腹が立つとかいう問題もです、これを修行として受けさしてもらう、これもどうぞ修行として受けさしてもらう。これもどうぞ修行で受けさして下さいというような姿勢で、私は信心生活が出来るとお徳を受けるとこうおもうは、信心に修行はつきもの、もうその修行には絶対お徳がつきものと仰る。
そのお徳にはもう絶対このこりゃいらんというても、おかげは伴うておるもの、徳には然もあれこれとこちらからあれこれという訳じゃない。それこそ神様が見通しですから、ちゃんとそのおかげを下さいますですね。
 今日あの私あちらへ参りましたら、今日は久富正義さんが、丁度時間に送ってくれました。丁度三、四十分お祭りが始まる前にあちらへ着かせていただいたんですが、そしたらもうまるきり、その私がいくことは分かっとたからではありますけれども、あの丁度富永さんとそれから松岡さんと二人がすぐあの門のところに出迎えに来て下さった。それから、次々と丁度九人そのほかの方達がお参りさして頂いとりました。私が参らなきゃ誰も参りはしません。でも私がこうやって、いうことになって来ると、みんなが矢っ張り御大祭でございますから、お粗末御無礼にならんようにもうお供えから、服装ひとつに至るまでが、矢張り神様に対するそのそれを表して、チョイと先生が来ちゃるけん、普段着で見げいこうという、ちょっと物言うてこうといったものじゃなくて、さっぱりして来ております。そして帰りにあの松岡さんところで、あちらは支那料理をしておられますから、あちらでその私が来ることが分かっとたもんですから、その待っとってくださった。それでみんなそこへまいりました。
 それであそこは日航ですか、で陶芸展があっておるから、今日からあっとります。それでそれを見せて下さった。みんな結局秋永先生のとこまで参りました。もうあちらも御普請賀もうほとんど九分通り出来とります。私はだからちょっとそれを見て、もしいかんとこがあるならまぁヒント与えて頂きたいというわけです。私もみたいと思うとったから最後にあちらへ寄らせて頂いてから、丁度こりゃあんた合楽の小型のごたるとの出来よるじゃないのと云うて、私ゃいうくらいにすばらしく出来とります。もう御神前でもなんでも本当にあのですね、御広前が出来て、御神前が出来ましてね、下の方なんかはもう本当に、それこそもう改造というけれども、もう新築と同じですね。あれだけ手を入れれば。ハァお徳を受けなきゃできんなと私は思いましたね。
 先生が二年間それこそ毎日のようにここへでてきて、でてきたが最後一日ここにそれこそ夜遅くまで残らなきゃ出来なかったですね。もうそして二年間という間それこそ御商売は息子にまかせっきりなんです。いわゆるいうなら休業状態のような状態であった。成る程そんときはきつかった。さぁところが椛目の御造営が終わらして頂いたら、途端におかげ頂いた。もう話を聞きますとね、これもそれもみんな神様の御都合だな。お計らいだなというような具合に出来ております。
だからあちらが出来上がったら、その報告祭をしたいというとりますから、皆さんも御引き寄せ頂かれてご覧になると分かると思うですけれどもです。
 それこそ二年間の間には一生懸命の御造営ならご造営の御造営の御用に立ったということはもう身体だけではないですもんね、矢っ張りつういっぱいのなら金銭なら金銭の上にも御用に立っているはずです。それなのにです、あれだけのことができておるということは+お徳のしからしむるところだと私は思うのです。話を聞いて見るとお徳を受けたなぁ今度のこれで、今度の御造営の事で矢っ張り徳を受けたなぁとこう思わなければおられません。ですから本当にあのお徳を受けるということがです、ね、本当に委員長としての責任もあってからのことではございますけれども、一生懸命の二年間の修行がそういう形になあって表れてくる。
 同時に私が思うことはですね、例えば私が福岡に参ります。ああ親先生が見えとるけんというて、もう本当にもう私がどこへ行きゃどこへでもついてくる。みんなが自動車何台ですか、三台ですかね、何台かに分乗してから、もうどこへでもついて来る。ひとつこりゃ同念心ですね、いわゆるその親先生に対するあこがれの念です。いうならば、それこそ昨日の晩、御月次祭の晩はここに十二時過ぎ迄もおってから、いわゆるゆっくりしていった連中ばかりが、もうそれこそ久しぶりに合う者のようにこうしてついて回られるということ。もうチョイとわたしゃ忙しけん御無礼しますという者は、誰もおらん。そういうようなもうそれこそ嬉しい楽しい中にもお徳が受けられる。ですからそういう徳を受けるその手だてというかは様々でございましょうけれどもです、とにかくお徳を受けさして頂く為の信心さしてもらうて本気で打ち込んだ信心さしてもらや、神様がその上野さんの信心修行をです、そのままもう修行生が修行をしておるもの、そのまま修行として受けておって下さるということが、この人がならそれが徳にならないはずがないという風に私は感じるのですね。とにかくどうぞ信心しておかげを受けると言うこと大事ですけれども、お徳を受けるということに開眼さしてもらい、眼を開かしてもろうてお徳を受けさして頂く為の信心さしてもうらとです、信心が楽しゅう、豊かな大きなものになる。前途洋々として来る、おかげ信心ではお願いしとったばってんおかげ頂かじゃった。思うごつならじゃった。もう対したこたなかばいと大したことのない神様にしてしまう。自分が偉大な神様にするのも、小さい神様にするのも、見事な神様にするのも結局私共の心ひとつなんだ。
 だからね、お徳を受けるための信心になりゃそこんところがはっきりね、例えばおかげが思う右になろうが左になろうが、それによって徳を受けるのであるから、秋永先生じゃないけれども、二年間いうなら御商売はマイナス、然もその中からなら、そのまぁいうならばガバッとお供えもしなきゃならない。委員長としてのそれもある。毎日出てこなきゃならない。ですから家はどうにも困らなきゃならないはずがそうではなくてです、あれだけのことがいうなら無傷のようにして出来ておるということがですね、矢張り不思議のようにして出来ておるということがです、矢張り不思議といわなきゃおられない。その不思議なおかげこそ、私はお徳に伴うておるおかげであると私は思う。         
どうぞ